レン・ヤジマ

Profile

整体師:レン・ヤジマ

1987年1月27日 東京都立川市 生まれ
神奈川県 横浜市 綱島にて 整体サロン『リーン』主宰

趣味:

  • 美術
  • 映画
  • 音楽

レン・ヤジマのささやかな物語を、七つの章にして置いています。
あなたとのご縁に、繋がることを願って。

  1. 美術 × 従属
    『幼少期に育った環境と性質』

    Art, and the safety I found in following
  2. 体覚 × 反骨
    『中学〜高校で育った感覚と揺れ』

    What the body and youth quietly revealed
  3. 原点 × 限界
    『整体師として踏ん張れなくなった日』
    The breaking point that pushed me away
  4. 安定 × 葛藤
    『会社員の安心と、胸の奥でくすぶった火』
    The safety of stability, and the quiet fire beneath it
  5. 邂逅 × 覚醒
    『師との出会い、世界の見え方』
    The encounter that reshaped the way I see
  6. 独立 × 覚悟
    『自分に還れる場所をつくる』
    Choosing to create a place where I can return to myself
  7. 円縁 × 貴方
    『めぐりが運ぶ、あなたとのご縁』
    Toward the quiet connection that may bring us together

1. 美術 × 従属
『幼少期に育った環境と性質』

Art, and the safety I found in following

幼少期の私は、美術に囲まれた環境で育ちました。

両親が美術を好きだったこともあり、家の中には絵や工芸品などが自然と置かれていて、本棚には画集がいくつも並んでいました。母が七宝焼を作る姿を横で見ていた記憶もあります。家に置かれた窯の存在感や、そこから漂う熱の気配は、幼いながらに強く印象に残っています。

美術館に連れて行ってもらったこともありますが、当時の私は退屈だと思うことの方が多かった。それでも、作品の裏にある「意図」や「背景」など、“見えるものの奥に何かがある” という視点は、この頃の体験が静かに根づかせてくれたように思います。

小学生になると、毎日のように習いごとに通いました。体操、プール、合気道、英語、塾、お絵かき教室……特に「これがやりたい」という意思があったわけではなく、親に言われた通りに動くことが、当たり前のようになっていました。

その頃の私は、“従うこと” に安心を感じていた時期でした。
自分で選ぶよりも、誰かが道筋を示してくれる方が落ち着けたのだと思います。

後になって振り返ると、この頃の「美術に触れていた環境」「従うことで安心していた性質」は、どちらも私の土台になり、のちに自分の意思で選ぶことの重要性を知るきっかけになっていきました。

2. 体覚 × 反骨
『中学〜高校で育った感覚と揺れ』

What the body and youth quietly revealed

中学に入ってからの私は、うまく言葉にできない生きづらさのようなものを抱えていました。
周囲に合わせることが当たり前になっていて、自分の本音がどこにあるのかもよく分からないまま過ごしていた時期です。

中学受験のための勉強が続き、心身がすり減っていくような感覚の中で、救ってくれたのは音楽でした。
反抗期とも重なり、PUNK や ROCK に強く惹かれたのを覚えています。
激しく、反抗的で、それでも己を貫く姿勢に、どこか救われるような気持ちがありました。

そんな頃に、中学2年でテニス部に入りました。身体を動かしている間だけは、余計なことを考えずにいられた。ボールの軌道、足裏の重心、体の軸。説明できない身体のサインに意識を向けているときだけ、気持ちが静かになっていきました。

ブルース・リーの言葉にも強く惹かれました。

Don’t think. Feel.
水のようになれ。

理屈ではなく、感じること。その言葉は、“貫くことの美しさ” を教えてくれた音楽と同じ質を持っていて、当時の自分には驚くほど自然に心に入ってきました。

高校でもテニスは続け、音楽にも深くのめり込みながら、外側の世界とうまく馴染めない感覚と向き合っていました。
強くなりたいと思う一方で、強がり続けるのは違うとも感じていた。
その両方が揺れ続けていて、どちらが本当の自分なのかも掴めないまま、ただ必死に前へ進んでいた時期です。

当時の私は、答えが見つかるわけでもなく、かといって止まることもできず、そのあいだを行き来しながら、自分という輪郭を探していたのだと思います。

3. 限界 × 崩壊
『整体師として踏ん張れなくなった日』

The breaking point that pushed me away

大学ではテニスを続け、後輩のフォームを見たり、身体の使い方を伝えたりすることが増え「人の身体を見る」という感覚が少しずつ育っていきました。

それまでは自分のためだけに努力してきましたが、仲間の動きが変わったり「ありがとう」と言われたりする経験が増えていく中で、自分の中に、静かにあたたまるような感覚が残りました。誰かの役に立てることが、想像以上に嬉しかった。

卒業後は整体サロンを運営する会社に就職し、整体師として働き始めました。
研修を経て施術に入るようになり、忙しいながらも、施術そのものには確かな喜びがありました。
来てくださった方に感謝される瞬間は、大学時代に感じた “誰かの助けになる感覚” がふたたび胸に戻ってくるようでした。

けれど、時間が経つにつれて、別の不安が積もり始めました。

待遇や給与は、同年代の友人たちと比べるとずっと低く、久しぶりに会った友人に現状を話すと驚かれるほどでした。周りが結婚したり、安定した道を歩んでいたりする中で、自分だけが取り残されているように感じることもありました。

“このままでいいのか”
“続けていけるのか”
言葉にできない不安が少しずつ膨らんでいき、胸の奥に重い劣等感を抱えるようになりました。

好きな仕事のはずなのに、前に進めない日が増えていく。

そうして私は会社を辞める決断をしました。
逃げるような選択だったかもしれませんが、そのときの私には、それが精一杯でした。

4. 安定 × 葛藤
『会社員の安心と、胸の奥でくすぶった火』

The safety of stability, and the quiet fire beneath it

整体の仕事を離れたあと、私は営業として一般企業に勤め始めました。

給与も待遇も、整体師時代とは比べものにならないほど良くなり、“やっと普通のサラリーマンになれた” という安堵のようなものがありました。生活が安定していくにつれ、周囲からも「よかったね」と言われることが増え、外側だけを見れば、順調に見える時期だったと思います。

そんなある日、得意先の方との話の流れで、久しぶりに施術をすることになりました。

技術的には納得いく内容ではありませんでしたが、それでも、その方が心から喜んでくれた瞬間を、私は今でも鮮明に覚えています。営業がうまくいった日よりも、契約が決まった時よりも、ボーナスをもらった時よりも深い充足感がありました。

“ああ、自分は本当に整体が好きなんだ”
そんな思いが静かにこみ上げてきました。

ただ、安定した会社員生活を手放すのは怖かった。せっかく掴んだ “普通の暮らし” を失うことへの不安が大きく、整体に戻りたい気持ちに蓋をしたまま、そのまま月日が流れていきました。

安定を選ぶべきなのか、あの日に感じた火を信じるべきなのか。
どちらが正しいのか分からないまま、心だけがゆっくり揺れ続けていました。

5. 邂逅 × 覚醒
『師との出会い、世界の見え方』

The encounter that reshaped the way I see

ある時ふっと「戻ろう」と思った瞬間、体が動いていました。
心の奥でくすぶっていたものが抑えきれなったのです。

怖さもありましたが、それ以上に “もう嘘はつけない” という気持ちが強かった。
安定を手放すのは簡単ではなかったけれど
Don’t think. Feel.
というブルース・リーの言葉が思い出され、自分を後押ししてくれたようにも感じました。

再び、整体の現場に立ってからの私は、とにかく必死でした。本を読みあさり、教材を買い込み、休日は練習と勉強にあてる。それでも思うようにいかず、落ち込むことが多かった。迷いばかりの日々でしたが、信じて前に進もうとする気持ちだけは、決して揺るぎませんでした。

そんな時期、ある整体師との出会いがありました。
その方の施術は、私が知っていた整体とはまったく違いました。

強い圧も、派手な技もなく、ただ “どう在るか” を大切にしている施術。
間の取り方、触れる深さ、呼吸の使い方、観察の姿勢。
どれも私には衝撃的で、自然に腑に落ちていく感覚がありました。

“整体とは、形ではなく在り方なんだ”

頭で理解したというより、身体の方が先にそう反応していた気がします。

この邂逅(かいこう)を境に、迷いだらけだった視界が晴れ、世界の見え方が一変しました。
整体が “仕事” ではなく、“生き方そのもの” へと、静かに根づいていったのです。

師との出会いがなければ、今の私はいません。
そう言い切れるほど、大きな転機でした。

6. 独立 × 覚悟
『自分に還れる場所をつくる』

Choosing to create a place where I can return to myself

逃げずに整体と向き合う中で、少しずつ育っていった思いがありました。
それは “自分に還れる場所をつくりたい” という気持ちです。

勢いだけではなく、整体に戻ってからの日々の施術や学びの積み重ねの中で、その思いは静かに熱を帯びていきました。

……とはいえ、独立には迷いもありました。
生活のこと、家族のこと、もし失敗したらどうなるのかという不安は消えることがありませんでした。
無理をして折れてしまった過去があるからこそ、同じことを繰り返す怖さもありました。

それでも
“ここで踏み出さなければ、自分の本音に背を向けたまま生きることになる”
そんな予感のようなものがありました。

同じ整体を志す仲間たちが、私の背中をそっと押してくれました。
“挑戦していいんだ” と自然に思える安心感がありました。

物件との出会いは、不思議と迷いがありませんでした。
その場所に立った瞬間、“ここだ” と静かに思えたのを覚えています。
光の入り方や空気のやわらかさが、自分の中の何かと噛み合った、そんな感覚。

開業してからの数ヶ月は、期待よりも不安の方が大きかった。
誰も来ない日もあり、ただ部屋に一人で座っている時間が続くこともありました。

それでも、来てくれる人がいました。
懐かしい顔を見せてくれた方、初めての一歩を踏み出してくれた方。
一人ひとりとの時間が、この空間を “場” として静かに支えてくれているように感じました。

“自分に還れる場所” が、ゆっくりと形になっていきました。

7. 円縁 × 貴方
『めぐりが運ぶ、あなたとのご縁』

Toward the quiet connection that may bring us together

整体の仕事を続けていると、ご縁が静かに巡っていくのを感じます。

不調を抱えて訪れる方もいれば、人生の節目にふと足を運んでくれる方もいる。
しばらく離れて、また戻ってきてくれることもあります。
どれも特別ではなく、自然な流れの中にある巡りです。

私自身、光や静かな音、余白のある空間のように、“主張しすぎないもの” に心を惹かれてきました。
それは、身体が変わっていくときにそっと現れる、あの静かな兆しとどこか似ています。

誰かが訪れてくれるということは、その “静かな兆し” をともに見守る時間が始まるということ。こちらが何かを “してあげる” のではなく、その人の力が戻っていく瞬間に立ち会わせてもらう、そんな感覚があります。

ご縁とは、終わりではなく連なり。
めぐり続ける円のように、出会いが新しい流れをつくり、その流れがまた別のご縁を連れてきてくれます。

私自身、まだ未完成のままですが、誠実に向き合うという姿勢だけは、これからも変わることがありません。

ここに訪れてくれた、あなたへ。
そっと静かに、自然なご縁が生まれていくこと、心待ちにしています。

—— レン・ヤジマ