あらすじ
ラジオ番組「こんにちは火星人」の脚本家である〈ぼく〉のもとに、ある日「自分は火星人だ」と名乗る男が現れます。男は火星の土地の話を持ち出したり、〈ぼく〉をモデルにした小説を書けと迫ったりしながら、巧みな弁舌で〈ぼく〉を揺さぶっていく。男は狂人なのか、それとも本当に“人間そっくり”の火星人なのか——会話が続くほどに、〈ぼく〉は現実と虚構、自分自身の輪郭さえ曖昧になっていきます
感想
火星人を自称する訪問者の言葉は、最初はどこか奇想天外に思えました。
読み手としても、疑いの目を向けながら読み進めることになります。
しかし、話が進むにつれて、その言葉には不思議と真に迫るような気配が混じりはじめ、気づけばこちらの思考がゆっくりと絡め取られていくような感覚がありました。
「あなたは何者なのか」
「あなたを、あなたらしくたらしめているものは何なのか」
そして、「あなたが現実だと思っているものは、本当に現実なのか」。
そんな問いが、静かに投げかけられているように感じました。
思考は、一度「こうだ」と決めつけてしまうと、意外なほど柔軟さを失ってしまうことがあります。
私はなるべく柔らかく構えていたいと常々思っているのですが、この本を読んで、その姿勢をあらためて大切にしたいと感じました。
案外、自分のことは自分でもよく分かっていない。
本当にやりたいこと、やらなくてはいけないこと。
やりたくないこと、やらなくてもいいこと。
そうした輪郭を一度整理してみることは、思っている以上に大切なのかもしれません。
文章も素晴らしく、問答のようなやり取りが多くを占めながらも、ところどころに挟まれる描写が、情景をふっと立ち上げてくれます。
読み進めるうちに、目の前に光景が浮かぶようで、想像の余白が心地よい作品でした。
展開の面白さもさることながら、読み終えたあとの余韻も素晴らしい。
そんな一冊でした。