クリストファー・ノーラン監督の最新作、映画『オデュッセイア』を見てきました。
内容はとても素晴らしく、個人的な映画ランキングでは殿堂入りです。
ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を原作とした作品で、舞台は古代ギリシャ。
トロイア戦争を終えた王オデュッセウスが、故郷へ帰還するまでの長い旅が描かれています。
トロイの木馬、ひとつ目の巨人キュクロプス、魔女キルケー、セイレーン。
そしてゼウス、アテナ、ポセイドンなど、名前だけならどこかで耳にしたことがある存在も、物語の中に登場したり、その存在を感じさせたりします。
神々への信仰も、どこか自然崇拝に近いものがあるように感じました。
山や海、風や雷といった自然そのものに神の存在を感じる世界観は、日本人にも比較的入りやすいのではないかと思います。
私が今作を見て、特に印象に残ったのは、
- 全編IMAXフィルムによる映像
- 古代世界を感じさせる荘厳な音楽
- 実写とCGの巧みなバランス
- 豪華なキャスト
- 緊張と解放を繰り返すリズム
- そして「愛」というテーマ
このあたりでした。

全編IMAXフィルムだからこその映像
まず、映像の美しさには目を奪われました。
地中海の島々。
砂漠。
森林。
丘。
洞窟。
そして、どこまでも広がる海。
さまざまなロケーションが登場しますが、その一つひとつの空気まで映像に閉じ込められているように感じました。
空気中を漂う埃のようなもの。
海から跳ね上がる水しぶき。
そういった細かなものまで、一粒一粒が際立って見えるような感覚があります。
通常の映像よりも圧倒的に情報量が多く、その美しさに心を奪われました。
特に印象に残っているのが、海の地平線へ太陽が沈んでいく場面です。
ただ夕日を映しているだけなのに、息を飲むほどの美しさ。
自然の美しさと同時に、人間ではどうすることもできないような壮大さまで感じました。
ピントの浅さが生んだ、不思議な没入感
人物を映す場面では、IMAXの特性なのか、ピントの合い方も独特に感じました。
二人が並んで会話をしていても、話している人物にはくっきりピントが合い、もう一方はかなりぼやけて見えます。
画面全体の情報を一度に拾いにくい印象があります。
一見するとネガティブな特徴にも思えます。
ただ、このボケ感のおかげなのか、今までの映画ではあまり味わったことのない没入感がありました。
自分の目も、実際には見ているものすべてへ同時にピントを合わせているわけではありません。
一人を見れば、その周りは少しぼやける、だからでしょうか。
まるで、自分がその場所に立っているような感覚になりました。
ときには、自分自身が神々の一人となって、オデュッセウスの世界を少し離れた場所から眺めている、そんな錯覚さえ覚えました。
古代世界を感じさせる、荘厳な音楽
音楽を担当したのは、ルドウィグ・ゴランソン。
劇中を通して、BGMの素晴らしさは最初から最後までずっと感じていました。
あまり耳慣れない民族的な音なのに、どこか心地よさを感じ、そして、なぜか少し懐かさも感じます。
そんな不思議な感覚がありました。
緊迫感が高まる場面では、音楽も一緒になって襲ってきました。
そこから解放される場面では、音も一気に解き放たれていく。
物語の感情と音がかなり密接につながっていて、それも作品へ引き込まれていく大きな要素だったように思います。
古代ギリシャを思わせる木管楽器や弦楽器なども取り入れながら、現代的な映画音楽とは少し違った響きが作られているように感じました。
映像を見るだけではなく、音そのものを体験する映画でもあったと思います。

実写とCG、その境目が分からない
私はこれまで、
「クリストファー・ノーランはCG嫌いで、極端な実写主義」
というイメージを持っていました。
ただ、『ダークナイト ライジング』『インターステラー』『インセプション』『ダンケルク』『TENET テネット』などを見ても、明らかに映像処理が必要そうな場面はたくさんあります。
今回改めて調べてみて、どうやら「CGが嫌い」というわけではなさそうです。
できるものは実際に撮り、そのうえで、必要な場所にはCGも使う。
今作を見ていると、その考え方がよく分かるような気がします。
CGが使われているであろう場面はいくつもありました。
それでも、映像から浮いて見えることがほとんどありません。
実際にその場所で撮影されたものと自然につながっていて、「ここからCGです」という境目を感じにくい。
その一方で、相変わらず少し変態的とも思えるほど、実際に撮ることにもこだわっています。
「そこまで本当にやるのか」と思う実写へのこだわり
巨大なトロイの木馬。
土の中から人物が這い出てくる場面。
荒れる海を進んでいく航海。
「そこまで本当にやるのか」と思うような撮影が積み重ねられています。
できる限り実写で撮り、その上に必要な映像処理を重ねていく手法です。
キュプロプスの存在感には圧倒されました。
キルケーの魔女のあのシーンには、背筋が凍るような恐怖感がありました。
このバランスのおかげなのか、画面の中に妙な嘘っぽさがなく、物語の臨場感がさらに高まっていました。
豪華なキャストと、マット・デイモン
マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ゼンデイヤ、ロバート・パティンソン。
とにかく豪華な出演陣です。
その中でも、個人的にマット・デイモンは昔から好きな俳優だったりします。
特に印象に残っているのは、『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーン役。
記憶を失った最強の暗殺者が、自分の過去を探りながら、大きな陰謀へ巻き込まれていく物語です。
これは完全に個人的な感覚ですが、レオナルド・ディカプリオやブラッド・ピット、キアヌ・リーヴスと比べると、見た瞬間に圧倒されるような「スター然とした派手さ」は、そこまで強くない気がします。
もちろん、とても格好いいんですけどね。
それよりも私がマット・デイモンに惹かれるのは、感情表現のリアルさです。
どこか身近に感じる。
迷っている顔。
苦しんでいる顔。
嬉しそうな顔。
それが「演技をしている人」ではなく、本当にその場所にいる人のように見えます。
その魅力は、今作のオデュッセウスでも遺憾なく発揮されていました。
オデュッセウスの苦悩。
葛藤。
迷い。
喜び。
そういったものが何度も表現されます。
見ているこちらまで、その気持ちが手に取るように伝わってきます。
それもあってか、後半は号泣の連続でした。
緊張と解放。その繰り返しが気持ちいい
今作でもうひとつ印象に残ったのが、緊張と解放のリズムです。
ピンチ。
そこからの脱出。
逆境。
そして少しの安堵。
また次の困難がやってきて、そこからクライマックスへ駆け上がっていく。
その流れが、とても心地よかったです。
ジェットコースターに乗っている感覚に近いのかもしれません。
映画を見ながら、身体まで反応していた
緊迫した場面では、自分の呼吸まで少し止まる。
肩にも力が入る。
そこから解放されると、一気に肺へ空気が入ってくる。
見ているだけなのに、身体まで反応していました。
交感神経と副交感神経を行ったり来たりしているような感覚です。
見終わったあとは、不思議なくらい身体がすっきりしていました。
下手な整体屋に行くより、『オデュッセイア』を見たほうが身体が整うのではないか。
そんなことまで思ってしまいました(笑)。
映画も、この緊張と解放のバランスが崩れると、見ているだけで疲れてしまったり、反対にぼんやりして印象に残らなかったりします。
今作は、その感覚が絶妙でした。
上映時間は約3時間。
決して短い映画ではありません。
それでも、長いとは一切感じませんでした。
むしろ、
「まだ見ていたい」
そんな感覚のほうが強かったです。

結局、愛なんですよ
そして最後。
結局、愛なんですよ。
ノーランが伝えたいのは、そこなんじゃないか。
私はそんなふうに感じました。
『インターステラー』を見たときにも、似た感想を抱きました。
神々への信仰。
仲間との絆。
守るべきもの。
果たさなければならない使命。
いろいろなものが登場します。
それでも、最後に残るものは何なのか。
最も尊いものは、愛なんじゃないか。
そんなことを言われているような気がしました。
最近の私は、愛を真正面からテーマにされると、めっぽう弱いです。
私がやられた瞬間
20年ものあいだ夫を信じ、待ち続ける妻。
その覚悟を口にして宣言した瞬間
いくつもの苦難を乗り越え、少し癖のあるやり方ながらも、愛する妻のもとへ帰ろうとするオデュッセウス。
父の姿をほとんど知らずに育った子どもが、
「この人が父なのだ」
と気づく瞬間。
そして、その瞬間から、子どもの顔が少しずつ王の顔へ変わっていく。
そこに、やられました。
あとは、オデュッセウスが弓を弾くシーン。
前半も格好良いですが、何と言っても終盤の一幕。
痺れました。
ローブを頭からかぶっている姿も、どこぞのジェダイマスターに見え超格好良い。
ついついマネしたくなりますね(笑)
壮大な神話なのに、とても人間らしい
『オデュッセイア』には、神々も怪物も登場します。
舞台も古代ギリシャ。
私たちの日常とは、ずいぶん遠い世界です。
それなのに、物語の中心にあるものは驚くほど人間らしいものでした。
家に帰りたい。
愛する人に会いたい。
家族を守りたい。
恐ろしいけれど、それでも先に進まなければならない。
古代の物語なのに、そこに描かれている気持ちは、今を生きる私たちとそれほど変わらないのだと思います。
圧倒的な映像。
身体に響いてくる音。
実写とCGの境目が分からなくなるような世界。
豪華な俳優たち。
息を詰め、そして大きく息を吐くような物語のリズム。
それだけでも十分すごい映画でした。
でも、私の中に最後まで残ったものは、意外なほどシンプルでした。
人は、何のために帰るのか。
そこに待っている人がいるからなのかもしれません。
見終わってしばらく経っても、海に沈んでいく太陽と、最後に残ったその感覚が、まだ頭の中にあります。
個人的には、間違いなくこれまで見た映画の中でも特別な一本になりました。